〒861-4101 熊本県熊本市南区近見6丁目1−57
営業時間10:00〜19:00
TEL 096-322-5222 水曜・定休日 info@motokawa.com
お問い合わせは
お気軽にお電話ください
お問い合わせは
お気軽にお電話ください
お問い合わせは
お気軽にお電話ください
お問い合わせは
お気軽にお電話ください
●画家名:アルフォンス・マリア・ミュシャ
※プロフィールは下記をご覧下さい
●作品名:黄昏
●絵のサイズ:W65×H33cm
●額装サイズ:W86×H55cm
●版画の技法:リトグラフ
※詳細
●サイン:刷り師直筆サイン
¥85,000-(税込価格)
●納期:14日
※備考
額装状況
刷り師直筆サイン
額のアップ
ミュシャ財団のエンボスマーク
アルフォンス・マリア・ミュシャ プロフィール
1860年 | チェコ東部モラビア地方南部の寒村イヴァンチツェに生まれる。 |
1873年 | 雑誌「モテツト」の表紙を描く。 |
1883年 | クーエン・ベラン伯爵と出会い、フレスコ画制作の依頼を受ける。
以降、伯爵と弟のエゴン伯爵の援助を受けるようになる。 |
1884年 | クーエン伯爵の援助を受けて、ミュンヘンの美術アカデミーに入学する。 |
1888年 | パリに出て、アカデミー・ジュリアンに学ぶ。 |
1889年 | アカデミー・コラロシュに学ぶが、クーエン伯爵の自殺により援助を打ち切られる。 |
1891年 | ゴーギャンやストリンドペリと出会う。
雑誌の挿絵を描く。 |
1892年 | セニボス著「ドイツの歴史」の挿絵を担当する。 |
1894年 | 偶然の出会いにより、サラ・ベルナール主演の恋愛劇「ジスモンダ」のポスターを制作する。
「ジスモンダ」のポスターが大変な好評を博し、一躍時代の寵児となる。 |
1895年 | サラ・ベルナールと6年間のポスター契約を結ぶ。 |
1896年 | サロン・デ・サン展のポスターを描き、ロートレックらと共に出品する。 |
1897年 | サロン・デ・サンにて絵画の個展を開催する。
ラ・ブルユム誌がミュシャを特集する。 |
1900年 | パリ万国博覧会が開催され、ボスニア・ヘルツェゴヴィナ館の装飾を担当する。 |
1901年 | フランス政府よりレジオン・ドヌール勲章を授与される。
装飾資料集を刊行する。 |
1904年 | アメリカに招かれ、ニューヨーク、シカゴ、ボストンを訪れる。 |
1906年 | プラハにてマリア・シティロヴァと婚礼を挙げ、アメリカに渡る。 |
1910年 | チェコに戻り、プラハに居を構える。
スラヴ民族の歴史を綴った連作「スラブ叙事詩」の制作を開始する。 |
1918年 | チェコの新貨幣や切手のデザインを担当する。 |
1928年 | 「スラブ叙事詩」が完成し、プラハ市に寄贈する。 |
1931年 | 聖ヴィタ大聖堂(プラハ)のステンドグラスを制作する。 |
1936年 | パリの印象派美術館でミュシャ展が開催される。 |
1939年 | 7月14日、プラハにて逝去
享年79歳。 |
★コメント
アルフォンス・ミュシャのリトグラフの版画「黄昏」は、1899年に制作されたオリジナルの絵を元にして制作されたインテリアの絵画です。
このインテリアの絵画の限定枚数は300部です。
この絵はもともと「曙と黄昏」という2枚のシリーズ作品の一つで、正式なタイトルは「AURORE ET CREPUSCULE・CREPUSCULE」です。
アルフォンス・ミュシャの作品の中では数少ない横型の絵です。
初めはパネル画として制作され、その後、子牛皮紙に1000部がプリントされました。
夕日を浴びてベッドに横たわる眠たげな女性がとてもアンニュイな雰囲気を醸し出しています。
オレンジや赤褐色、茶褐色の美しい色が画面のほとんどを占め、まるでエミール・ガレのガラス工芸を見ているような錯覚を覚えます。
このインテリアの絵画「黄昏」は、まだ一度も額に入ったことがないバージンシートです。
画像の額は仮額で、まだシートの状態で保存しています。
オリジナルではありませんが、ミュシャ財団のエンボスマークが入った本物に非常に近い状態で複製されたインテリアの絵画です。
インテリアとして楽しむには十分満足していただけるクオリティの絵画だと思います。
アルフォンス・ミュシャのインテリアの絵画「黄昏」をぜひご自宅のインテリアやプレゼントの絵としてご購入ください。
またお近くにお越しの際にはお気軽に画廊へもお立ち寄りくださいませ。